『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』感想。+『少年期』がなぜ名曲なのか

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『ドラえもん』映画の第六弾。
『ドラえもん』の魅力である、SF作品へのオマージュや、古典のオマージュ、アマチュア映画趣味などが盛り込まれた名作。

『ドラえもん』映画にはさまざまな魅力がある。上記のもの以外にも、
秘密道具を使った、素朴な願い。
普通なら、さまざま弊害によって没頭できない趣味に熱中できる自由さ。
日常から地繋ぎに大冒険に通じるという、半径百メートルの戦い。
などがある。
本作ではそれぞれ、『小さくなった生活』『アマチュア映画撮影』『裏山に墜落した宇宙船』などが該当する。

最も特徴的であり魅力的なのは、冒険と伏線が丁寧に描かれているところだ。
劇場版ではカッコよくなると言われるのび太の行動と、ジャイアンの乱暴さが無謀な勇気となり、みなを引っ張っていく。
そして、気弱さゆえに、ある意味もっとも観客の親近感を得られる小市民、スネ夫の存在も忘れてはならないだろう。

本作は、スネ夫の活躍が描かれるこで有名だ。
活躍というのは、なにも大局を左右したときだけに使う言葉ではない。普段「そういう行動は取らないだろう」と思われている人物が、予想外の行動をして観客を驚かせる。それこそ、映画というものを俯瞰したときに名づけられる、『作品』を考える上での活躍だ。
プラモで兵器を作ったこともさることながら、上記の意外な行動によって、スネ夫は、本作の『冒険』部分でサプライズを与えてくれる存在となっている。

もうひとつの魅力である『伏線』部分についても語っておこう。
映画というのは、約二時間の中に閉じ込められた小宇宙だ。後々に重要となる事柄は、作中で必ず説明しておかなければならない。
それがたとえ、どれだけ観客にとっては既知の事実だろうとも、そこを怠っては作品の評価は一段下がってしまう。
本作も、当たり前といえば当たり前である、秘密道具のある設定が何回か作中に登場している。
それが、たんなる説明ではなく、作中で登場人物たちが危機に陥る場面で使われるので、観客はそれをちゃんと記憶することができるのだ。
この『展開の多重活用』を行うものだけが、『伏線』と呼べる。
画面に登場する『設定』でもなく、一目瞭然な『前振り』でもない。それを知っていながらも裏を書かれるのが『伏線』だ。
この伏線の妙を効果的に演出している作品として、日本の映画では『ドラえもん』ほどわかりやすく、効果的に現れているものも少ないだろう。たんなる子供向けアニメと思っていると、それこそ足元をすくわれることになる。
(※ ネタバレのため反転)
念のため書いておくが、その伏線とは『道具の効果には制限時間がある』という部分で、本作では片づけラッカーとチーターローションの効果が切れて秘密基地の場所が判明してしまった。これが、ラストの展開に繋がっている。
(※ ネタバレ終わり)

さて、本作にはまだ、大きな魅力がひとつある。それは、EDテーマ『少年期』の存在だ。
これは、作中で挿入歌として使われていることに加えて、歌詞がノスタルジーに浸れる切ないものになっているから、人々の記憶に残るものになっているのだろう。

さらに説明すると、『少年期』が名曲となっているのは、それが『遊びの終わったあと』を描いているからだ。
子供というのは、遊んでいるときは常に全力を尽くし、緊張が解けたあとのふとした瞬間にこれからのことを考えてしまう。
勉強、友達との別れ、将来のこと、未来、死……。
大人では、日々の忙しさの中で埋没してしまうような、深遠な哲学を頭の中に思い浮かべては、ひとり、だれにも相談できずに涙を流すのだ。

これは、子供というのが常に全力で大人という輝かしい未来を想像しているからだろう。
子供時代は、とても制約が多く、自由に行動できない。それは、『ドラえもん』映画のみならず、本編でも何度も描かれたことだ。
それゆえに、早く大人になりたり、自由になりたいと想像している。
不安とは、想像が大きければ大きいほど、それに比例して増していくものだ。普段意識しないからこそ、ふとした瞬間に思い浮かべるそれは、小さな身を押しつぶしてしまうほどに重くなる。

このことから、いまのアニメ版『ドラえもん』のOP『夢をかなえてドラえもん』は、はっきり言えば好みじゃない。

『大人になれば忘れちゃうのかな そんなときには思い出してみよう』

という歌詞の部分が、子供目線ではなく、大人になってから振り返るノスタルジーになっているからだ。
子供はけっして、いまこのとき、感じた気持ちや思い出がなくなってしまうとは思わない。いまの気持ちが、永遠に続くと自然に信じているものだ。

『ドラえもん』というのは、あくまでも子供時代に遊んでいる出来事であり、それにノスタルジーを感じるのは、言ってしまえば視聴者の勝手だ。
大人だからこそ、子供の活躍する物語や、その心の動きに自分の思い出を重ねて、切なくなる。
これは、大人の視点と子供の視点による考え方の違いだろう。

原作にある『45年後…』にも、この大人の視点と子供の視点の違いが描かれている。
これは、45年後の大人になったのび太が、過去を懐かしがって訪問してくる話だ。
大人になったのび太は、のび太が日常的に行う友達との遊びや、ママの作るごはんを食べて、涙を流すほど喜んだ。
そのどれを見ても、のび太にはいまひとつピンと来ていない。
のび太にとって、子供時代とは当たり前なもので、なんでもできる大人のほうがうらやましいからだ。
いくら大人になれば子供のころが懐かしくなるといわれても、けっして感覚では理解できない。

藤子・F・不二雄作品の魅力のひとつに、『子供の視点』や『その当時の人の視点』などの、リアルさとイマジネーションの素晴らしさがある。
武田鉄矢氏の『少年期』の歌詞には、その『子供の視点』が感じられた。新しいOPでは、それが感じられない。
そのことが、いまのOPが好きになれない理由だろう。

『宇宙小戦争』は内容もさることながら、この主題歌によって、間違いなく『ドラえもん』映画でベスト5に入る名作となっている。
胸を張って、どの年代の人にもオススメできる作品だ。

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感想リンク。
『ドラえもん のび太の大魔境 』感想。
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