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綾辻行人『奇面館の殺人』感想。「綾辻行人復活!」

ミステリ・SF感想
03 /14 2012
奇面館の殺人 (講談社ノベルス)奇面館の殺人 (講談社ノベルス)
(2012/01/06)
綾辻 行人

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綾辻行人復活! と叫びたくなる、館シリーズ第9弾。

登場人物の大半が仮面を被っているという、ビジュアル的にありえない状況や、最初から最後まで、
「だれが殺したのか?」
にこだわった、子供の遊びめいたトリック小説。そして、トリックとロジックのバランスが取れた名作ミステリ。

過去の綾辻作品と比べれば、味わいは『十角館』のようなトリック一本槍のものではなく、『殺人方程式』のようなロジックとの融合が試みられたものに近いかな。
『殺人方程式』シリーズは、主人公が刑事なので、あまり話を破天荒にできないのだが、この『奇面館の殺人』では、主人公が鹿谷門実とくるので、内容はもう、清々しいほどミステリ! ミステリ! ミステリ!
謎解きのみを重視した展開に、中村青司が建てた館による、毎度おなじみのアレ。それに加えて、今回は仮面を被るという、昭和かよとツッコミたくなる設定が炸裂する。
この『個』を消した登場人物を出すことによって、前々から言われている「人物が描けていない」という意見を、「じゃあ、顔を隠しちゃいましょう」という風に一蹴し、完全に開き直った設定にしている。
謎解きのみに終始するこの姿勢には、いやはや恐れいった。

ミステリには、さまざまな面白さがある。
登場人物が謎(殺人事件やら、騒動)に巻き込まれたときに取る行動を描く『ドラマ』を重視するものや、密室やら首切りなど『トリック』を重視するもの。
そのトリックを論理的に解くことを重視した『ロジック』など、挙げていけば数限りがない。
これらのほかにも、個人的に『人工美』と呼んでいる面白さが、ミステリには存在している。

ミステリなんていうのは、どこまでも人工的に作られたフィクションだ。
そんな中で必要なのは、リアリティであってリアルではない。
「現実ではとてもありえない」、なんて言葉は不必要で、ただただ目の前に出された謎を楽しんで、それを解くことに腐心し、トリックに驚いてひっくり返ればいいんだ。
ご都合主義のそしりを受けてもただただ『謎』だけを追い求める姿勢。ミステリにはそんな『人工美』こそが美しい。

この『人工美』の優れた部分は、人の手によるものゆえに、完璧な形が作れるところだ。
犯人が殺人を決行したあと、運良く脱出する方法があり、さらに、それが露見しない状況を思いつくことができた。
こんな「ありえない」と鼻で笑われかねない展開も、ミステリの『人工美』の世界では、逆に「贅肉が削がれている」と賞賛に値するものになる。
犯人は完璧で無駄のない行動を取り、探偵がより無駄のない推理でそれを暴く。これが、本格ミステリの醍醐味だ。

綾辻作品では毎回、いくつもの『ありえない』に遭遇する。
本作ではまず、館の大きさがありえない。その仕掛けもありえない。仮面の意味もありえない。仮面の作られた理由もありえない。あんな登場人物たちがそろうなんて、まったくもってありえない。

そんな不確かで歪なありえないだらけの世界の中で探偵が告げる、ひとつのロジック。それだけは、たしかに『あった』
ミステリの面白さとは、このありえない世界の中でも、だれもが納得せざるを得ない論理の切れ味にある。
存在そのものが不確かな世界であり、バカにする人はとことんまでこき下ろしそうな設定でも、
「犯人はAをしたからBにいたり、BにいたからCができた。この中でCが行えるのはXだけだ」
という、シンプルゆえに揺るぎようのない論理の刃が、ミステリを面白くしているのだろう。

本格ミステリとは、このようなありえない世界で論理の刃の切れ味を楽しむ、一種の幻想小説であり、パズル小説だ。
登場人物のすべてが謎と構造に奉仕して、結末までノンストップで駆け抜ける。これが、本格ミステリの醍醐味であり、面白さだ。
それを体現した、どこまでもどこまでも人造的なビックリ箱。『奇面館の殺人』
こんなバカバカしいまでに謎だけを追いかけたミステリに出会えるなんて。これからも、綾辻行人を応援しないわけにはいかない。
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『感想リンク』
綾辻行人:『Another』
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