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雑記:「異世界転生ものとパロディ文化についての私見」

雑記
11 /25 2017
先日に引き続き、異世界転生ものについての話題の続き。
今回は、パロディ文化についての雑感。

パロディ文化の説明をする前に、まずは自分なりに異世界転生ものについての見解をまとめておこう。

最近は「異世界転生もの」やら「なろう系」という大きなくくりがまかり通っているものだが、このような雑な分類は危険だと言える。

今現在、創作物とはジャンルが細分化しすぎているため一言で語ることはほぼ不可能となっている。
ライトノベルにしても、細分化すればラブコメ、SF、ミステリ、青春ものとさまざまであり、さらには俯瞰すれば小説という大きなくくりにわけられるからだ。

異世界転生ものについても同じことで、細分化してみれば作品のジャンルも楽しみ方も大きく異なってくる。
有名な作品を例に拙い知識と見識のもとで書くならば、アニメ化された異世界転生ものは大きく三つにわけられる。

(1):舞台装置。
(2):チート無双。
(3):天才性の説明。

・(1)「舞台装置」
これは、アクションやギャグのために異世界という設定を使うものだ。
アニメ化された作品でいえば『この素晴らしい世界に祝福を!』が該当する。

設定のために舞台を用意するのは何も特別なことではない。広く捉えれば、

「殺人事件を起こすために孤島に行く」ミステリ
「悲恋を描くために病気にする」ラブロマンス
「未来に行くために科学者を出す」SF

もまた同じく設定のための舞台装置だといえよう。
およそ一般的な娯楽すべてに使われている手法だ。

『2017/11/28(火) 追記』
舞台装置には「クロスオーバーとしての異世界」も存在する。
『仮面ライダーディケイド』『スマブラ』『スパロボ』『ナムコ×カプコン』など、さまざまな作品を一堂に会するための異世界(パラレルワールド)設定だ。
これは異世界「トリップ」であり「転生」ではないが、余談として記しておく。


・(2)「チート無双」
おそらくはこれが異世界転生と呼ばれたときにまっさきに思いつくものだろう。
主人公に特別な能力を与えて活躍させるという娯楽ものである。
アニメ化された作品では『異世界はスマートフォンとともに。』がこれに当たる。

これは広義の分類では古くから続くジャンルではあるのだが、そのあたりに触れると長くなる上に文章がまとまっていないので今回は分類するのみにとどめておく。

『2018/03/04(日) 追記その2』
異世界ものには『本好きの下克上』や『異世界食堂』のような現在の文明を肯定するための異世界もある。

これはSFでも用いられている手法で、ロボットや地球外生命体から地球人を批判させるものとやってることは同じであり、また『テルマエ・ロマエ』もネタの方向性としては一緒だと自分は考えている。

異世界チートものは時折「異世界への逃避」と言われるものの、こういった文明万歳ものは真逆の趣向と言える。
今の文明の素晴らしさを再確認する現実肯定ものだ。


・(3)「天才性の説明」
アニメ化された作品では『ナイツ&マジック』『幼女戦記』などが該当する。

前者は十代の少年なのに他に類を見ないほどの開発能力を発揮する。
後者はまだ年若い少女なのに戦争の天才と、どちらも天才性の理由のために使われる。

こう書くと(2)の「チート無双」と同じに思われるかもしれないが、そうではない。
主人公が若くして天才というのは『銀河英雄伝説』を例に出すまでもなく、それ以前からも数多く存在する定番ネタだからだ。
(そもそも、主人公にある程度の特別さがなければ物語が始まらない)

事実、例として挙げたふたつの作品は異世界転生要素がなくとも楽しめるものだ。
このあたりは、(1)の舞台装置のための異世界転生に接近している。

以上が今現在、異世界転生ものと呼ばれるジャンルを大きくくくった分類だ。
無論、これだけではないのは当然なのだが、筆者の拙い知識ではこの分類が精一杯だったので有識者の意見を求めたいところである。


閑話休題。
異世界転生についての分類を説明したので、次は本題となるパロディ文化へと移ろう。

パロディ文化の歴史はとても古いものであり、和歌にも本歌取という技法がある。
元となる作品があり、そこからさらなる発展を加えて新たなる作品を生み出すというものだ。
創作はこうしたパロディの連鎖を大昔からずっと繰り返してきた。

それと同じように、現在のアニメ、漫画、ゲーム、小説、映画などなど、およそすべての娯楽はまず間違いなく何らかのパロディないし元ネタが存在するものとなっている。
有名どころでいえば、「魔法少女」というジャンルがそれに当たる。

『魔法少女まどか☆マギカ』『魔法少女リリカルなのは』の両作品は今では魔法少女ものを代表する作品ではあるが、そのどちらもが本来は魔法少女をパロディにした物語であることは周知の事実だ。

『まどマギ』では、本来なら主人公の絶対的な味方であるはずのマスコットが最大の敵となっている。
『なのは』は魔法少女と銘打っているものの、やっていることはバトルアクションもの(バトルスーツもの)と何も変わらない。

これらは元はパロディであったはずなのに、いつのまにか主流に変化したという珍しい例だ。
両作品とも視聴者の間に「魔法少女とはこういうものだ」という曖昧な共通認識の下地があるがゆえに成立した作品と言えよう。

(今ではすでに変身ヒロインものの金字塔になっている『セーラームーン』や『CCさくら』にしても、元は魔女っ子などの変身ヒロインもののパロディであると思うのだが、それらの歴史については詳しくないので今回は省く)


共通認識とは、作品やジャンルの方向性に大きな影響を与える。
似たような例として、WEB小説の異世界転生というジャンルがそれに当たる。

WEB小説、とくに「小説家になろう」や「カクヨム」における異世界ものはこれらの狭い界隈内での共通認識という下地のもと多くの作品が作られている。

アニメ化もした『この素晴らしい世界に祝福を!』がわかりやすい例だろう。
この作品は冒頭からトラックではなくトラクターに轢かれる主人公と、多くの異世界転生ものの始まり方のパロディを描いている。

そこから先も同じように、チートアイテムを貰った勇者一行という、WEB小説で数多く見られた「異世界チーレム(異世界チート無双ハーレム)」という展開そのものをパロディにしている。

勇者とパロディの歴史も古い。
なにせ1986年の『ドラゴンクエスト』誕生以来から、勇者と魔王パロディの作品が数え切れないほど登場したものだからだ。

何度もアニメ化し現在も放送している『魔方陣グルグル』にしても、90年代にあったドラクエ的ファンタジーパロディの流行が回りまわって現在にまた流行しているためリバイバル化したという見方が出来る。


娯楽におけるパロディ(または共通認識)の利用は何も日本に限ったものではない。
洋画にしても『スクリーム』(1996年)、『キャビン』(2012年)はどちらもホラー映画を視聴者も登場人物も知っていることを前提として作られ、新たな恐怖(または笑い)を描くことに成功した。

共通認識を利用して笑いを生む映画は多く、古くは『ホット・ショット』(1991年)など個々の作品をパロディにしたものが主流派であったが、現在はジャンルをパロディにしたものが主流であるというのが私見だ。

例を挙げるならば、

・『26世紀青年』(2006年:タイムマシン系SFパロディ)
・『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014年:吸血鬼パロディ)
・『ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ』(2015年:スラッシャー系ホラーパロディ)

など、さまざまなジャンルのパロディ作品が作られている。
(無論、古くから『裸の銃を持つ男』(1988年)のようなジャンルパロディは存在し、現在も『ほぼ300』(2008)、『ほぼトワイライト』(2010)のような個別作品パロディも存在するが)

これ以外にも、ゾンビ映画やサメ映画のようなB級と呼ばれる映画類もまた、ジャンルパロディの宝庫と呼べよう。
(『シャークネード』『ロンドンゾンビ紀行』など)
多少赴きは異なるものの、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008年)もまた、怪獣映画のパロディの一種と捉えても良い。

このように、日本に限らず娯楽、そしてジャンルとはすでに視聴者の間には共通認識になるまで広まっている。
娯楽が飽和状態であり、鑑賞にも速度が重視される現代においては共通認識を用いるのが有用なのだろう。


話が長くなったが、そろそろ結論に移る。
理屈と膏薬はどこへでもつくの愚を冒すことを承知で書くが、自分なりにまとめると異世界転生ものはWEB小説というスピードが要求される媒体とパロディ文化が合わさって誕生した流行である。

ときおり異世界転生ものなどのファンタジー作品は現実を逃避するための娯楽だという論調を目にするが、そうではない。
異世界だろうが魔法少女だろうがアイドルだろうがサメだろうがゾンビだろうが、現在はそのすべてが視聴者にとっては共通認識となっている。

異世界転生ものが流行しているのは、単純に日本ではファンタジー、それも『ドラクエ』的なゲームファンタジーが若い世代の共通認識として広まったから生まれた流行なのだろう。


以上。
最後に、前回と今回のをひっくるめたまとめを書いておこう。

・異世界転生ブームは間違いではないが、アニメや漫画、映画、ゲーム、小説などいわゆるオタク向け娯楽全体がそうなっているわけではない。
・異世界転生は現代にある多くのブームのひとつでしかない。
・ゆえに、社会反映論(現実はつまらなく異世界に癒しを求めている)という解釈は間違っている。

・異世界転生ものはパロディ文化の一種である。
・パロディ文化は日本特有のものではなく、世界中で当たり前のように行われている。
・パロディとは共通認識の下で生まれる。
・異世界転生ものが流行っているのは、単純に若い世代にドラクエ的ファンタジーが共通認識として広まっているからだ。

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関連リンク。
雑記:「アニメにおける異世界転生ものブームという間違いについての指摘」

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