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『AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ 』感想。

ラノベ感想
11 /21 2012


超絶ド級の傑作青春小説。
この一言で紹介終わり。あとはさっさと読んでくれ。それくらい、文句なく面白いオールタイムベスト級の作品です。

ライトノベルというのは、取り扱うジャンルがごった煮なところが魅力のひとつでもある。そのジャンルのひとつに『スクールカースト』を題材にしたものがある。
これは、学校のクラス内での地位(友達が多いグループと、少ないグループ)を扱ったもののことで、主人公やヒロインがクラスの中で低い地位にいるというのが大体の発端だ。

スクールカーストというのは、言ってしまえば現代社会の差別なのであるからして、取り扱うのは非常に難しい。
下手な作者がこの題材に手を出すと、この世のどこにもいないようなテンプレオタクさんを貶めながら、この世の中で普通に生きているオタクさんたちへの遠回しな嫌がらせになってしまうのだが、そこはベテラン田中ロミオ。重くなりすぎず、かといって触れなければならない部分はちゃんと描き、作品を盛り上げてくれた。

この『AURA』は、スクールカーストという題材と、ヒロインである佐藤良子のいわゆる中二病・邪気眼的な設定を使った青春&ラブコメ作品だ。
題材はわりとよくあるものであり、お話もごくごく真っ当なもの。どこか似ている少年と少女が出会って起こる騒動という、ラブコメものの王道を突き進んでいる。

それなのに、いや、だからこそ、とんでもなく面白い。
上手い作者が書く物語って根っこの部分は王道そのままということが多いけど、これも同じだね。このジャンルでは、右に出るものがなくなるほどの作品を作り出してくれた。

テーマ自体はわりと大真面目であり、作中でも時折、かなりギスギスした雰囲気を見せるのだが、日常描写がとても上手い作者なので、軽快に重苦しい雰囲気を飛び越えていく。この展開と見せ方が見事。

個人的にもっとも驚いたのは、210Pの部分。
ややネタバレなので伏字にして、一部引用と感想を書きます。

(※ ネタバレのため伏字 ※)
中二病なクラスメイトたちが、クラスの不良やら中心となるグループたちにいじめられている部分。
それを主人公の佐藤一郎が助けて、不良にボコボコにされるのだが、そのあとの地の文がこれ。

大事を取って一日だけ、学校を休んだ。
家でネットを見まくって自堕落に過ごせて最高だった。

この、考えているようでその実、ただの現実逃避でしかない思考! 
学生が一日休んだらこうするよねー、という、納得のいく行動には、感動して涙が出るかと思った。

(※ ネタバレ終了 ※)

この文章のみならず、テンポのよい会話、地の文、ツッコミが繰り広げられるので一度読み出したら止まらない良さがある。
そのギャグ部分の中で一番笑ったのは174P。

「ブギーポップ先輩だって普段は衣装スポルティングに隠してるだろ! 見習えよ!」

やーめてー、ブギーポップが痛い子にしか見えなくなるかーらー(笑)
他にも、クラスの人気者グループにいるのに普通に『灼眼のシャナ』を読んでいる女子生徒とか、笑える部分だけ抜き出しても、一級品の作品です。


(※ ここからは、既読者向け、ネタバレありな感想になるので注意してください。 ※)

さて、ここからが本題。
この作品が、他の中二病・邪気眼な主人公・ヒロインを扱ったものと大きく違う箇所がひとつある。
それは、ヒロインである佐藤良子が弱みをまったく見せなかったところだ。

佐藤良子は、自らの命を捨てようとしたときまで、弱みを見せなかった。これは、特筆すべきことだろう。
近頃よく見かけるこの手のヒロインというのは、言ってしまえばアホの娘としての可愛さを強調した存在だ。

夢みたいなことを言っている少女を、まるで動物園にいるパンダを愛でるように眺める。
登場人物も読者も、そうすることが当然のように接しており、ただただヒロインのバカバカしい行動をあざ笑っている。それが、中二病ヒロインの持つ、『可愛さ』なのだろう。

だが、この佐藤良子にそういった弱みはない。彼女は本気も本気だ。
生まれてこのかた、固形物を口にしたことがないような挙動。医者とすら会話を交わさないほど、断絶した精神構造。気合が入りすぎた服装に、羞恥心すら感じられない行動。
どれをとっても、異世界人。または、キチガイと呼んで差し支えないものだろう。

そんな佐藤良子と接しても、愛玩動物めいた可愛らしさはほとんど感じられない。あるのは赤ん坊を育てるようなわずらわしさや、頭のおかしい人と接するときの恐怖だ。

佐藤良子には弱みはない。それだからこそ、彼女は現実とは遠く離れた場所からやってきたように感じられる。
主人公の佐藤一郎は、そんな良子と現実の橋渡しをしている。これは、幻想に住まう彼女を現実に引きずり込もうという行動だ。
それはけっして、動物園のパンダを檻から出すような行動ではない。それよりも危険で、とてつもない労力が必要なものだろう。
事実、作中で、佐藤良子は引きこもらせていた方がいいだろうとまで言われているのだから。

『AURA』は作中で、徹底的に佐藤良子を異分子として扱っていた。それが、ラストに待ち受けるカタルシスに繋がるのだろう。
あの、最後の最後に待ち受ける感動。これは、佐藤良子が崩さなかったスタンスにある。

どこまでも現実離れした少女。それだからこそ、もしかしたら、本当にもしかしたらだが、彼女は異世界人だったのではないか? という可能性が残る。

あのとき、佐藤一郎が手を伸ばさなかったら、佐藤良子はどうなっていたのだろうか?
普通なら、死んでいただろう。だがもし、もし本当に、彼女が異世界人だったら?
そのときは、佐藤良子は自分の世界に帰っていたのではないだろうか。

家族関係や過去もほとんど語られず、また何を考えているのかすらわからない佐藤良子だからこそ、このようなありえない場面を想像できる。
なにより、読者が読んでいるこのガガガ文庫は、ライトノベルだ。
ライトノベルといえば、異世界人だろうが未来人だろうが超能力者だろうが、履いて捨てるほど存在している。
それだからこそ、佐藤良子が異世界人だったという可能性は誰にも否定できない。

佐藤良子は、弱みを見せなかった。
もし、彼女がもっと人間らしい部分(友情・愛情を感じる心ではなく、この世界に慣れ親しんでいる部分)を見せていたら、この「もし」は消えていただろう。

こんな、バカバカしい空想でしかない「もし」の話だが、人は本質的にそんな「もし」が大好きなんだということもまた、作中では語られていた。
それが描かれるラストシーンは、今後、中二病を題材にした作品が出ても並ぶものが生まれようのない、『AURA』の白眉だろう。

ライトノベルという、ありえない世界が日常にある媒体だからこそ出来た、文句なしの大傑作。
田中ロミオ先生には、脱帽という言葉しか贈れません。こんな面白い作品を、この世に送り出してくれてありがとうございました。

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関連?リンク。
『イリヤの空』と『AURA』を参考にした、中二病についての雑感。
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