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『ドラえもん のび太の大魔境』感想。「感動なんてのは、与えられるものではなく感じるもの」

藤子・F・不二雄作品感想
04 /08 2014


リメイク版の『大魔境』を劇場で観てきたので、ついでに旧版の感想も書いてみます。
古い作品ということもあり、ネタバレ込みの感想なのでご注意を。

大長編ドラえもん第三作目のこの『大魔境』は、挿入歌がとても有名な作品でしょう。
終盤でドラえもんたちが巨神像に向かうとき、敵の爆撃を受けながらジャイアンがペコのあとを追いかけて全員が集まっていくあのシーンです。

挿入歌の『だからみんなで』が名曲なのは言うまでもないことですが、特筆すべきなのはそこまでの流れでしょう。
単にジャイアンがペコを助けようとするだけではなく、そこに至るまでの展開に納得を与えるためにジャイアンの挫折とペコの関係をさりげなく描いていたのが非常に上手い作品です。

ジャイアンといえば、乱暴者なガキ大将の代名詞というイメージが定着していますが、じつは他人まかせな上に口先だけなところがかなりあるんですよね。

のび太やスネ夫相手にはいばるものの、けっきょく冒険や旅行に行くためにはドラえもんやスネ夫の助けを借りなければならない。
腕力が自慢に思えても、かあちゃんにも勝てないし隣町のガキ大将にすら負けるという『同級生の中ではかなり強い』だけな、ごくごく普通の子供でしかありません。

そのことは、この『大魔境』でも強調されています。
ジャイアンは夢にまで見た冒険に出たのに、そこに待ち受けていたのは自分の思い通りにならない仲間たちだったり、自慢の力が役に立たないというつまらない現実でしかありませんでした。

そのため一度はふてくされて冒険をやめたものの、ペコの思惑も手伝って再びアフリカに行くことになります。
しかし、そのせいでどこでもドアが壊れて日本に帰れなくなってしまいました。

ここから続く、ジャイアンの挫折と孤独の描き方はとても丁寧なものとなっています。
いつもは腕力に物を言わせてこづいているスネ夫にさえ、
「だれかさんのせいでこんなことに」
とあてこすりをされても、殴ることも反論することも出来ない。
それが事実なのだし、何より、腕力では勝てない状況もあるという現実を突きつけられたあとなのですからこの反応は当然でしょう。

そうやって誰にも頼ることが出来なくなり、たったひとり部屋の中で涙を流すジャイアンを慰めたのがペコでした。
相手が人間ではなく、普通の犬だと思っていたからこそジャイアンは弱さを見せることが出来たのでしょう。

この作品の序盤では、ペコもまたジャイアンと同じように誰にも相談できない孤独を味わいました。
そのあたりもジャイアンとの対比になっているのですが、ペコは他のみんながどうしようもない危機に陥ったときは身を引こうとしました。そこが、ジャイアンとの違いです。
そして、そのペコの危機を一番最初に救おうとしたのがジャイアンであり、その行動が全員が集まるきっかけになりました。

この展開の上手いところは、ペコの行動がジャイアンの間違いを正すようになっているからでしょう。
自分勝手な気持ちでみんなを危険な冒険に導いてしまい、どうしようもなくなったジャイアンは背中を向けてしまった。
ペコも同じように危険な冒険に五人を誘ったものの、どうしようもなくなったときは他のみんなを助けようとした。

ジャイアンは目を背け、ペコは立ち向かおうとした。
一度は間違った選択をしてしまったジャイアンが正しい答えに辿りついたということを、言葉ではなく行動で示した。

この『大魔境』は、徹頭徹尾ジャイアンが主人公の物語なんですよね。
最初にペコと出会ったのはのび太ではあるものの、作品のそこかしこでスポットライトが当てられ、ペコと対比されているのはジャイアンでした。そして、ペコが一番大変なときに彼を助けたのもジャイアンでした。

このペコを追いかけるまでの一連の流れは、挿入歌である『だからみんなで』の歌詞、

「だからぼくは弱虫なんだ 泣いてるきみに何もできない」
「だって僕の力なんか 全部出してもこれだけなんだ」
「そうだきみも探してくれないか 心の中の少しの勇気を」
「だって僕ときみのをあわせたら 勇気が少し大きくなったろう」

と見事に合致した名場面と言えるでしょう。
孤独だったペコを救ったのはのび太であり、そのペコがジャイアンを救う。そしてジャイアンがペコを救い、誰が欠けても成立しなかった解決策にたどり着いた。
作品の内容と歌がとても一致した、まさに主題歌の鑑です。

ジャイアンが主人公という部分を前面に押し出さず、あくまでも中心をのび太とドラえもん、ゲストとひみつ道具という見せ方にしながらちゃんとジャイアンやしずかちゃんの見せ場もある。
やろうと思えばいくらでもジャイアンを中心にして物語を膨らませることが出来るだろうに、ドラえもんたち五人を中心にした物語になっている。

藤子・F・不二雄先生存命時の大長編ドラえもんが好きなのは、こういう部分なんですよね。
だれもが単なる子供であり、同い年の同級生でしかなく、全員が全員主人公である。

だから、ちょっとしたことでのび太はスネ夫になることもあるし(原作『ぼくよりダメなやつがきた』参照)ジャイアンもまた、のび太のようないくじなしになってしまう。
だれもがだれも、道具がなければなにもできない子供でしかない、とても人間くさいキャラクターでしょう。

最近の作品も面白いことは面白いのですが、『緑の巨人伝』のようにのび太とゲストを中心にした話にしてしまうと、それは『ドラえもん』ではなく『ポケットモンスター』などの別の子供向け映画に思えてなりません。
「彼らとゲスト」ではなく「主人公とゲスト」、「道具を使うただの子供たちの話し」ではなく、「特別な子供たちの話し」になってしまいますから。

同じような理由で、リメイク版の『鉄人兵団』もあまり好みではない作品になっていましたね。
リメイク版だと、妙にのび太とピッポの関係が前面に押し出されていましたから。
(もっとも、この作品はそれ以外にも不満点が多かったのですが)

個人的に、感動というのは言葉にしたりベタベタと押し付けるものではなく、この旧版『大魔境』のように視聴者が観て想像し、行動の意味を理解してからやっと気づくものだと思っています。

作品全体に感動できる要素をちりばめてはいるものの、ただの子供向け娯楽作品ですといった感じでさらりと流す。
藤子・F・不二雄先生の作品が好きなのは、このさりげなさがとても上手いからです。
感動なんていうのは、与えられるものではなく感じるもの。それを教えてくれるような作風ですから。

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感想リンク。
『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』感想。
『ドラえもん のび太と奇跡の島 ~アニマル アドベンチャー~』感想。
『ドラえもん のび太のひみつ道具博物館』感想。
『ドラえもん 新・のび太の大魔境 ~ペコと5人の探検隊~』感想。
『ドラえもん 新・のび太の日本誕生』感想。
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