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『アニメ感想』:「フィクションにおけるリアリティについてあれこれ。『氷菓』と『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』から」

アニメ感想
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アニメ版の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』を視聴中。ガハマさんもゆきのんも鬼可愛い。
原作を読んでいるとカットした部分が気にはなるものの、こういうのは最後まで見ないと評価は定められないのでとくに問題なく楽しんでいます。


さて本題。
この作品を語ろうとすると時々リアリティについての論争になるのですが、どうなんでしょう。

どんな作品でも多かれ少なかれあることだけど、この作品の場合リアリティがあるよと口に出すとかなり大きな声で否定的な意見が飛んでくるように感じられる。
この作品の内容そのものや、主人公である比企谷八幡のキャラクターにリアリティがあるかどうかみたいな部分に引っかかりを覚える人が多いんでしょうかね。

個人的には、このリアリティという言葉はかなり悩ましい。
ぶっちゃけると、自分はリアルかどうかは問題ではなく、重要なのはその設定を納得させる説得力だと思うので。
(『キン肉マン』や『刃牙』に登場する謎理論なんかはリアリティが欠片もないのだが、妙な説得力で読者を納得させている)

そういったことは棚に上げておきつつ、ちょいとリアリティについて自分なりの意見をまとめてみます。


『やはり~』がリアリティがあるかないかという話題にさらされやすいのは、この作品に特殊な設定が登場しないからでしょう。

舞台は現代の千葉にある高校だし、不思議な力もなければ強大な敵もいない上にエロゲーが好きな妹も腐女子な妹もいないという(千葉なのに!)、地に足がどっしりと着いた設定だからこそリアリティが気になるのでしょう。
世界があまりにも普通すぎるので、戸塚の可愛さや材木座や八幡のオタネタがどうにも浮いて見えるみたいな。

結論から書いちゃうと、八幡の性格(というかオタネタ満載なつぶやき)は、ある意味ではとてもリアリティにあふれていると思うのが自分なりの意見である。

現代日本の高校生がどんな生活をしているのかなんて知らないけど、いまどき情報の検索なんて指ひとつで簡単に出来るんだから八幡くらいオタネタに詳しくても別におかしくはない。

八幡が『プリキュア』を好きなのだって、子供のころに妹の小町と一緒に見ていていまだに自分だけが見続けているとか設定を繋げるすべはいくらでもあるんだし。
(昔から、妹が見ているからと『セーラームーン』や『カードキャプターさくら』を見てオタの道にずぶずぶ入り込んでしまったというお話はよく聞くことだし)

そういうこともあり、自分としては八幡の趣味について気になることはほとんどない。
この八幡のような、「ある側面から見ればリアルな設定」という事例について、似たようなものとしてミステリ小説『氷菓』に登場する折木奉太郎を紹介してみよう。

この『氷菓』はミステリ作家米澤穂信の代表作のひとつであり、京都アニメーションによってアニメ化もされたので知っている人は多いはず。
主人公である折木奉太郎だが、作者はアニメ化に際して彼の本棚にどのような本が並んでいるかをリストアップした。(作者のHPへリンク

引用で申し訳ないが、それがこれである。

『悪魔の辞典』(アンブローズ・ビアス 岩波文庫)
『図画百鬼夜行全画集』(鳥山石燕 角川ソフィア文庫)
『氷壁』(井上靖 新潮文庫)
『北壁の死闘』(ボブ・ラングレー 創元推理文庫)
『遥かなり神々の座』(谷甲州 ハヤカワ文庫)
『夜間飛行』(サン=テグジュペリ 新潮文庫)
『図書館警察』(スティーヴン・キング 文春文庫)
『大誘拐』(天藤真 創元推理文庫)
『とんでもねえ野郎』(杉浦日向子 ちくま文庫)
『二つ枕』(杉浦日向子 ちくま文庫)
『ちょっとピンぼけ』(ロバート・キャパ 文春文庫)
『悪魔とプリン嬢』(パウロ・コエーリョ 角川文庫)
『ホット・ロック』(ドナルド・E・ウェストレイク 角川文庫)
『強盗プロフェッショナル』(ドナルド・E・ウェストレイク 角川文庫)
『怪盗ニックを盗め』(エドワード・D・ホック ハヤカワ文庫)
『犯罪王カームジン』(ジェラルド・カーシュ 角川書店)
『百万ドルをとり返せ!』(ジェフリー・アーチャー 新潮文庫)
『大統領に知らせますか?』(ジェフリー・アーチャー 新潮文庫)
『ご冗談でしょうファインマンさん』(ファインマン 岩波現代文庫)
『国語入試問題必勝法』(清水義範 講談社文庫)
『秘湯中の秘湯』(清水義範 新潮文庫)
『Spirit of wonder』(鶴田謙二 講談社)
『華氏四五一度』(レイ・ブラッドベリ ハヤカワ文庫)
『木曜の男』(G・K・チェスタトン 創元推理文庫)
『七胴落とし』(神林長平 ハヤカワ文庫)
『宇宙探査機 迷惑一番』(神林長平 ハヤカワ文庫)
『心地よく秘密めいたところ』(ピーター・S・ビーグル 創元推理文庫)
『秘太刀馬の骨』(藤沢周平 文春文庫)
『隠し剣孤影抄』(藤沢周平 文春文庫)
『用心棒日月抄』(藤沢周平 文春文庫)
『堕落論』(坂口安吾 角川文庫)
『コンスタンティノープルの陥落』(塩野七生 新潮文庫)
『ロードス島攻防記』(塩野七生 新潮文庫)
『もの食う人びと』(辺見庸 角川文庫)
『自由からの逃走』(エーリッヒ・フロム 東京創元社)
『せどり男爵数奇譚』(梶山季之 ちくま文庫)
『東亰異聞』(小野不由美 新潮文庫)
『夏の災厄』(篠田節子 文春文庫)
『本覚坊遺文』(井上靖 講談社文庫)
『渚にて』(ネビル・シュート 創元推理文庫)
『眼下の敵』(D・A・レイナー 創元推理文庫)
『死言状』(山田風太郎 富士見書房)
『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』(ランス・アームストロング 講談社)
『ゲイルズバーグの春を愛す』(ジャック・フィニイ ハヤカワ文庫)
『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス 早川書房)
『無門関』(岩波文庫)
『寒い国から帰ってきたスパイ』(ジョン・ル・カレ ハヤカワ文庫)
『女王陛下のユリシーズ号』(アリステア・マクリーン ハヤカワ文庫)
『ナヴァロンの要塞』(アリステア・マクリーン ハヤカワ文庫)
『荒鷲の要塞』(アリステア・マクリーン ハヤカワ文庫)
『交通死』(二木雄策 岩波新書)
『死因事典』(東嶋和子 講談社ブルーバックス)
『ラストコンチネント』(山田章博 東京三世社)
『人外魔境』(小栗蟲太郎 桃源社)
『聊斎志異考』(陳舜臣 中公文庫)
『鷲は舞い降りた』(ジャック・ヒギンズ ハヤカワ文庫)
『鷲は飛び立った』(ジャック・ヒギンズ ハヤカワ文庫)
『ゼロの発見』(吉田洋一 岩波新書)
『ある首切り役人の日記』(フランツ・シュミット 白水社)
『仏師』(下村富美 小学館)
『無頼船』(西村寿行 角川文庫)
『風流冷飯伝』(米村圭吾 新潮文庫)
『退屈姫君伝』(米村圭吾 新潮文庫)
『面影小町伝』(米村圭吾 新潮文庫)
『毒の歴史』(ジャン・ド・マレッシ 新評論)
『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス 角川文庫)
『極大射程』(スティーヴン・ハンター 新潮文庫)
『狙撃手』(ピーター・ブルックスミス 原書房)
『鉄砲を捨てた日本人』(ノエル・ペリン 中公文庫)
『どぶどろ』(半村良 新潮文庫)
『産霊山秘録』(半村良 角川文庫)
『破獄』(吉村昭 新潮文庫)
『羆嵐』(吉村昭 新潮文庫)
『八甲田山死の彷徨』(新田次郎 新潮文庫)
『死因不明社会』(海堂尊 講談社ブルーバックス)
『五瓣の椿』(山本周五郎 新潮文庫)
『新明解国語辞典』(三省堂)
ほか、辞書・参考書(ただし、物語開始時点では中学生向けのものが主)



どうです?
作品としては名作・有名作の宝庫ですが、リアリティという意味では皆無でしょう?

原作の時代設定は2000年であり、アニメ版はそこから一回りの年を経た2012年に設定されているのが大きな違いではあるものの、それを省みても自分としては現代の高校一年生が手に取るような本とはとても思えない。
(ミステリ好きじゃなければ『木曜の男』なんてまず読まないだろうし。というか、チェスタトン作品の邦訳は読みづらすぎる)

これが作中で本の虫みたいな設定をされているのならさておき、奉太郎はそういう人物ではない。
彼が本を読むのは省エネ、つまりはエネルギーを節約する暇つぶしのために読んでいるだけなのに、このラインナップ。
昨今のたかが弓の構えや茶室での座り方であれこれと騒いだ人たちにとっては、十分にフルボッコできるほどのリアリティのなさでしょう。

こう書くと『氷菓』をバカにしているように感じられるかもしれないが、そうではない。自分が言いたいのは、
「ある一面からだけでは、それにリアリティがあるかどうかはわからない」
ということです。

奉太郎の本棚には彼の趣味が反映されていないように思えるが、別の角度から見ると非常にリアリティにあふれていることがわかる。
このラインナップはおそらく、奉太郎が自分で買い集めたものではなく、親や姉が読み漁ったもののお下がりなのだろう。
そう考えると、ラインナップに有名な作品が多いことや、高校生があまり手に取らないと思われるもの、またゼロ年代以降に数を大きく増やしたライトノベルの類がまったくないことにも納得が生まれる。

『本の最初の持ち主は折木奉太郎ではない』
というたったひとつの要素を追加するだけで、この本棚にとても深いリアリティが与えられた。
こういう考え方こそが、アニメを楽しむ上で必要な脳内補完というやつでしょう。

自分としては、アニメに限らず小説や漫画など自分の中で納得が生じなかった出来事に出くわしたときは頭ごなしに否定せず、そこに理由を見出すほうが面白いと思うんですけどね。
八幡にとっては、『プリキュア』を見るというのが彼の人生の中でたどってきた道なのだし、奉太郎にしても、これらのような本を読む道を歩んできたのでしょうし。

深く考えずにアニメや小説に登場する人物たちのことを頭から否定して、
「リアルじゃない」「高校生がこんなことを知っているはずがない」「爺臭い」
と叩くのはどうかと思うのですよ。そんなの、個々人の趣味でしょうに。

(余談ですが、八幡の趣味については別の解釈も考えられることを記しておきます。
彼のアニメ趣味については、八幡=読者という自己投影のしやすさのために用意された仕掛けと考えればそれもまた納得出来ることなのですが、これについて書くとまたぞろ長くなりそうなので今回は割愛)


結論としましては、
「そんなにリアリティなんて気にすんな!」
という、身もふたもない意見で終了。
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fujimiti